愛知県春日井市で精密切削加工を手掛けている有限会社榊原工機です。
私たちは「手のひらサイズ」の小物部品加工を得意としており、多くのお客様から「機械部品加工の駆け込み寺」と呼んでいただいています。
今回は、当社が長年取り組んできた「削り出し加工」について、特にステンレスと真鍮という二つの素材に焦点を当ててお話しします。
私たちが手掛けた自社ブランド「SAKAKI Gear」の高級ゴルフパター「SAKAKI PUTTER」も、この削り出し技術によって生まれた製品です。このパターを通じて培った知見を、皆様にお伝えできればと思います。
削り出しとは何か
まず「削り出し」という言葉について説明します。
削り出しは、英語で「ビレットミルド(Billet Milled)」とも呼ばれる加工方法です。金属の塊、つまりビレットやインゴットと呼ばれる素材から、切削工具を使って不要な部分を削り取り、目的の形状を作り出します。
これは、金属を溶かして型に流し込む「鋳造」や、圧力をかけて成形する「鍛造」とは全く異なるアプローチです。
削り出しの最大の特徴は、素材本来の密度と特性を保ったまま、極めて高い精度で製品を作れることにあります。
当社では、この削り出し技術を活かして、試作品から小ロット生産まで幅広く対応しています。お客様からよく「どうしてこんなに精度が高いのか」と聞かれますが、それは削り出しという手法と、私たちの設備・技術があってこそなのです。
当社の削り出し技術を支える設備と発想
削り出しの品質は、それを実現する設備と技術力に大きく左右されます。
当社では、5軸加工機、複合加工機、ワイヤーカット放電加工機、旋盤、マシニングセンタなど、多様な設備を保有しています。これらの設備をどう組み合わせるか、どの順番で加工するか。この判断が製品の出来栄えを決めるのです。
考えて動くエンジニア集団
私たちのエンジニアは、部品製作の依頼を受けると、頭を「旋盤のように高速回転」させます。
例えば、複雑な曲面を持つ部品の依頼があったとします。通常なら5軸加工機を使うのが最適ですが、その機械が別の案件で埋まっていることもあります。
そんな時、私たちは諦めません。
「マシニングと旋盤を組み合わせれば、同等の精度で仕上げられるのではないか」
「工程を三つに分けて、治具を工夫すれば特急対応できるはずだ」
こうした柔軟な発想が、当社の強みです。設備を持っているだけでは意味がありません。その設備を最大限に活かす知恵とノウハウこそが、削り出し加工の要なのです。
SAKAKI PUTTERに込めた5軸加工技術
当社の自社ブランド製品「SAKAKI PUTTER」は、5軸加工技術の結晶です。
このパターは、工業部品の試作開発で培った技術を、そのままゴルフ用品に応用した製品です。一般的な3軸加工では実現困難な複雑な曲面、精密な重量バランス、美しいフォルムを、5軸加工によって実現しました。
ゴルフパターは、わずか数グラムの重量差が打感に影響します。削り出しは、設計図通りの精度を保証できる唯一の方法と言っても過言ではありません。
この技術は、もちろん工業部品にも応用されています。医療機器部品、精密機械の試作品、半導体製造装置の部品など、高い精度が要求される分野で、私たちの削り出し技術は活躍しています。
ステンレスを削り出す意味
ステンレス、正式には「ステンレススチール(SUS)」は、「錆びにくい鋼」という意味を持つ素材です。
医療機器、食品機械、精密工業部品など、清潔性と耐久性が求められる分野で広く使われています。当社でも、ステンレスの削り出し加工は非常に多くの実績があります。
素材の密度を保つ削り出しの利点
鋳造で作られた部品は、どうしても内部に微細な気泡や不均質な部分ができてしまいます。これを「巣」と呼びます。
精密さが要求される用途では、この内部欠陥が強度や振動特性に悪影響を及ぼすことがあります。特に、繰り返しの荷重がかかる部品や、振動を正確に伝える必要がある部品では致命的です。
削り出しは、素材の塊から削るため、素材本来の均質な密度を保ったまま製品を作れます。
これは、SAKAKI PUTTERのようなスポーツ用品でも重要です。打感や重量バランスがミリグラム単位で重要になる世界では、素材の均質性が直接パフォーマンスに影響するからです。
お客様から「なぜこんなに精度にこだわるのか」と聞かれることがあります。私たちの答えはシンプルです。「削り出しだからこそ、この精度が出せるのです」と。
ステンレスが持つ美しさと耐久性
ステンレスの魅力は、機能性だけではありません。
その無機質で清潔感のある光沢は、削り出し後の表面処理によってさらに際立ちます。バフ研磨で鏡面仕上げにすることもできますし、ビーズブラストで梨地調に仕上げることもできます。
SAKAKI PUTTERでステンレスを使用する理由の一つは、この耐食性にあります。屋外で使用されるゴルフ用品として、雨や汗に強いことは必須条件です。
また、ステンレスは比較的硬度が高く、加工には高い技術が必要です。工具の選定、切削速度、送り速度、クーラントの種類。これらすべてを最適化しなければ、美しい仕上がりは得られません。
当社では、旋盤、マシニング、ワイヤー加工といった複数の技術を組み合わせることで、この難削材であるステンレスに対しても、寸分の狂いもない加工を実現しています。
削り出されたステンレス製品は、手に取った瞬間に感じる「冷たい」金属の重厚感と、長期にわたってその美しさを保つ耐久性を兼ね備えています。
実際、当社で5年前に製作したステンレス部品が、今でも現役で稼働しているという報告をいただくこともあります。それが削り出しステンレスの信頼性なのです。
真鍮という素材の奥深さ
真鍮は、銅と亜鉛の合金です。
古くから工芸品、楽器、建築装飾などに用いられてきた歴史ある素材です。ステンレスが「耐久性」と「精度」を体現する素材であるならば、真鍮は「質感」と「経年変化」を楽しむ素材と言えるでしょう。
真鍮が生み出す重厚感
真鍮はステンレスよりも比重が大きく、手に取った時にずっしりとした重みを感じます。
この特性は、手のひらサイズの小物部品や、高級オリジナルグッズにおいて、「所有する喜び」という感覚的な価値を生み出します。
当社では、個人のクリエイターやガレージブランドの方々から、真鍮製のオリジナルグッズ製作の相談をよくいただきます。キーホルダー、ペンダントトップ、名刺ケース、万年筆のキャップなど、用途は様々です。
削り出し加工によって、真鍮は非常に滑らかで緻密な表面を持つことができます。この緻密さが、例えばパターのフェース面に精密な溝を刻む際に活きてきます。打球への影響を均一にするなど、機能性にも貢献するのです。
真鍮はステンレスと比べると加工しやすい面もありますが、それでも精密加工には独特のノウハウが必要です。
真鍮は熱伝導率が高く、切削時の熱で寸法が変化しやすい特性があります。また、切削油との相性も考慮しなければなりません。
当社が長年、少量生産や試作開発に取り組んできた経験は、こうした真鍮特有の特性を理解し、最適な加工条件を見つけ出すことに役立っています。
使うほどに味が出る経年変化
真鍮の最大の魅力は、使用とともに変化していく「エイジング」にあります。
真鍮は空気中の酸素や湿気と反応して、表面が酸化していきます。この酸化が、独特の色合いを生み出すのです。新品時の金色から、徐々に深みのある飴色へ、そして最終的には緑青と呼ばれる青緑色の皮膜が形成されることもあります。
削り出しによって極めて滑らかに仕上げられた真鍮の表面は、指紋や手の油分によって独自のパティナ(古艶)を形成します。一つとして同じものがない、使い手だけの表情が生まれるのです。
先日、3年前に製作した真鍮製のキーホルダーを持ったお客様が工場を訪ねてくださいました。
「最初は眩しいくらいピカピカだったのが、今では自分だけの色になって、愛着が湧くんですよ」
そう話すお客様の笑顔が、真鍮の魅力を物語っていました。
当社は、ガレージブランドや個人ブランドの試作開発を積極的に支援しています。真鍮の削り出しは、個性的なオリジナルグッズやクリエイティブなデザインを実現するための重要な手段です。
春日井市の緑豊かな環境の中にある当社の工場では、そんな創造的なものづくりを全力でサポートしています。
削り出しを支える一社完結体制
高品質な削り出し製品を作るには、単一の技術だけでは不十分です。複数の高度な加工技術が連携して初めて、最高の品質が実現できます。
複合技術が生む品質保証
当社が旋盤、マシニング、ワイヤー加工を特に得意としていることは、削り出し製品の品質に直結しています。
例えば、SAKAKI PUTTERのような製品を作る場合、以下のような工程が必要です。
まず、旋盤加工で素材のビレットを正確に保持し、基本的な丸物形状を削り出します。次に、5軸加工機や複合加工機を使って、パターヘッドの複雑な曲面や精密なポケットを削り出します。最後に、必要に応じてワイヤーカット加工で、超精密な切断や穴あけを行います。
これらの工程を、すべて社内で完結できることが当社の強みです。
工程間の移動や外部委託を最小限に抑えられるため、品質管理が徹底できます。図面の微妙なニュアンスも、社内で共有できるため伝達ミスがありません。
お客様からよく「いろいろな会社に相談するより、榊原工機1社で解決できることが多い」と言っていただけます。これは私たちにとって最高の褒め言葉です。
品質認識のギャップを埋める努力
削り出しを選択されるお客様は、最高水準の品質を求めておられます。
しかし、発注者と加工業者の間で、「品質」の認識にギャップが生じることは少なくありません。「このくらいの精度でいいだろう」という思い込みが、後々のトラブルにつながることもあります。
当社では、お見積りの段階から詳細な打ち合わせを行い、お客様が求める品質を正確に把握するよう努めています。
図面に書かれていない部分でも、「この部品はどんな環境で使われるのか」「どんな荷重がかかるのか」といった情報を共有することで、最適な加工方法や材質を提案できます。
削り出し加工は、高精度な設計図通りの形状を実現することで、このギャップを最小化する手段でもあります。ステンレスや真鍮といった高品位な素材を、最高の技術で仕上げる。このプロセスそのものが、私たちの技術への自信の表れなのです。
試作・小ロット生産での削り出しの強み
当社は「少量・試作にトコトン強い会社」を自負しています。
この強みは、削り出し製品の開発において大きなアドバンテージとなります。
設計変更に柔軟に対応
試作段階では、設計変更が頻繁に発生します。
「この部分をあと2ミリ薄くしたい」
「重心をもう少し後ろにずらしたい」
こうした要望に、削り出しであれば迅速に対応できます。NCプログラムを変更すれば、すぐに次の試作を開始できるからです。
これが鋳造や鍛造だと、型を作り直す必要があります。時間もコストも大きくかかってしまいます。
削り出しは、試作から本生産への移行もスムーズです。試作で使ったプログラムを最適化すれば、そのまま量産に使えます。この一貫性が、品質の安定につながります。
特急案件への対応力
「来週の展示会に間に合わせたい」
「急遽、試作品が必要になった」
こうした特急案件は、製造業では日常茶飯事です。
当社では、設備の稼働状況を常に把握し、エンジニアが柔軟に工程を組み替えることで、可能な限り特急対応を行っています。
例えば、通常なら5軸加工機で一工程で仕上げる部品を、マシニングと旋盤を使って二工程に分けることで、空いている設備を有効活用し、納期を短縮することもあります。
この柔軟性こそが、当社が「駆け込み寺」と呼ばれる理由です。
ステンレスや真鍮の削り出しによるクリエイティブなオリジナルグッズの実現を、迅速かつ高品質に支援する。それが私たちの使命だと考えています。
まとめ:素材の可能性を最大限に引き出す
ステンレスと真鍮。
この二つの素材は、それぞれ「無機質な耐久性と精度」、そして「重厚な質感と経年変化」という独自の魅力を持っています。
削り出しという製造方法を選択することは、これらの素材が持つポテンシャルを最大限に引き出すための、プロフェッショナルな選択です。
SAKAKI PUTTERという製品が示すように、小物部品の精密切削加工で培った当社の技術は、素材の塊から、妥協のない精度と美しさを持つ製品を創り出します。
ステンレスは、5軸加工技術によって微細な狂いもなく削り出されることで、その高い剛性と精度を発揮します。医療機器、精密機械、食品機械など、あらゆる分野で信頼される製品を生み出します。
真鍮は、多能工のエンジニアの知恵によって、温かみのある重厚な質感と、時とともに価値を高める経年変化という魅力を纏います。オリジナルグッズ、工芸品、楽器部品など、個性を表現する製品として愛されています。
もしあなたが、自身のアイデアを具現化したいと考えているなら、ぜひ当社にご相談ください。
私たちは、お客様の「こんなものを作りたい」という想いを、削り出し技術で形にします。図面がなくても大丈夫です。ラフなスケッチからでも、一緒に最適な形を考えていきます。
愛知県春日井市という、緑豊かで落ち着いた環境の中で、私たちは日々、ものづくりに向き合っています。大手企業の量産品を作る工場ではありません。一つ一つの部品に、お客様の想いが込められた仕事を、丁寧に仕上げる。それが私たちのスタイルです。
削り出しという技術は、単なる加工方法ではありません。素材の持つ本当の価値を理解し、それを最大限に活かす。そんな哲学が込められた製造手法なのです。